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六パックの処理を終え、ボールに入れた中身はフライパンでニラと一緒に炒めて醤油で味つけをした。大皿に盛って振り向くと、教室の入り口に女性が立っていた。すらりとした身体に、白い長袖のシャツをはおり、ワークパンツのポケットに両手を突っこんでいる。腕には分厚いデニムのシャツをかけていた。黒髪ストレートをたらし、きれいだけどどこか怖い顔でこっちを見ていた。
この金継ぎ教室の同僚であり、塗師の先輩でもある尾野鏡花だ。
「鏡花さん、おはようございます」
「またここでニラを炒めたな」
「だめですか」
「匂いが残るだろう」
「食べます?」
「うん」
オーブンレンジで食パンを焼き、コーヒーと一緒に運ぶ。ニラ卵をサンドして食べた。
鏡花と一緒に朝食を食べるのが、教室を始めてからの日課だった。この時間を使って、生徒の進捗状況や、それぞれの今日の予定、あるいは年間を通じての計画について話し合う。貴重な時間だ。
「霊感って、幽霊の?」
もちろん、貴重な時間は無駄話も含め、だ。
「そうなんです。霊感を必要とする生徒って、どういうことだと思います」
「なぜそれをあたしに聞く」
「先輩は五つ年上なので、人生経験が豊富だろうと」
「というか、どうして生徒だと思うんだ」
「え、でも生徒じゃなかったら何なんですか」
「ここは金継ぎ教室だろう。そして義理のお母さんは、金継ぎのことで友人を連れてくるんだろう。だったら、霊がついてるのは、器じゃないのかな。ほら、一枚二枚と数える話だってあるわけだし」
「それはお皿では」
「だから割れた皿を持ってくるんだよ、きっと。毎日夜になると」
「やめてください。そんな話を聞いたことあるんですか」
「ないよ」
ごちそうさまと手を合わせ、鏡花は立ち上がった。
洗い物を二人ですませると、生徒が来るまでの時間はそれぞれの作品制作に当てられる。鏡花は乾燥させていた汁椀を手に取り、刷毛を手に取って中塗りをはじめた。その手つきに、いつものように理子は見とれてしまう。
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