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鏡花とは香川県の漆芸研究所で出会った。
現代の塗師は弟子を取らない。年間で製作する数が少ないため、すべて自分でこなしてしまうからだ。弟子を必要とするほど大量生産する工房は数えるほどしかない。
そこで技術を未来へと残すために研究所が作られた。
研究所には近親者が漆芸関係者だったというものや、美術系の大学や専門学で漆に触れ、学び直すために入所したものが多かった。コナン・ドイルの「漆の小箱」という短編を読んだ際に、漆を意味する英語が「japan」だと知って興味を持った鏡花や、通っていた習字教室で、硯や墨に漆が使われていると教えられたのが契機となった理子のようなタイプは少数派だった。そのせいもあったのか、鏡花は理子の面倒をよくみてくれた。
研究所を卒業し、これからどうやって漆芸作家への道を続けようかと思っていた矢先に、声をかけてくれたのも鏡花だった。
「ほら」鏡花がこっちを睨んでいた。「お前も早く仕事しろ」
「はい」
洗ったウズラ卵の殻を手に取った。先の曲がった爪切り用のはさみを慎重に使い、縦半分に切る。割った殻を水につけて、針やピンセットを使い、ゆっくりと薄皮をはいでいく。はぎ終えた殻を、バットに入れてベランダに持って行くと、生徒たちが入ってきた。みな二十代の若い女性で結婚している。平日のこの時間、金継ぎ講座の生徒は主婦が多い。
義母が友人を連れてきたのは、生徒たちが小麦粉と生漆を混ぜている最中だった。
講義を鏡花に任せ、入り口わきにしつらえた応接スペースで二人と顔を合わせた。義母のさくらと友人の大西絹子の間には、長年の友人だけに漂う親密な空気が漂っていた。聞けば小学生時代からの友人なのだという。まずは絹子にパンフレットを渡して教室のシステムを説明する。白髪を上品にセットした絹子は、赤いフレームの老眼鏡をかけた。理子の説明に従ってパンフレットの文字を追っているようで、目を落としたまま、時折、小さくうなずいている。
さくらは黙っていた。珍しいことだった。いつもなら、誰の話にも途中で口を挟むのだが。
「何かご質問はありますか」
説明を終えて質問すると、絹子は顔をあげた。
「金継ぎって、漆を接着剤に使うんですね」
感心したような声色だった。途端に心が弾んだ。誰であれ、漆に関心を寄せてくれると嬉しくなる。
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