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「ええ、そうなんです。金閣寺の金箔は、漆でくっついているんですよ」
「あら。じゃあ中尊寺なんかも」
「はい。あとは、お着物の金糸や銀糸にも漆が使われてます。和紙に漆を塗って金箔を置いて、できあがったものを細く切る、これをひらきんというんですが、金糸銀糸は、ひらきんを糸により合わせて作るんです」
「知らなかった。私、漆って塗料なんだとばかり」
「そういうかたは多いですよ。でも接着剤としても有能なんです。それは昔の人も良く知っていたみたいで、新石器時代の遺跡から、石の矢じりをはめるために漆が使われたものが出土しています。藤葛の皮を、こうぐるぐるっと巻いて漆で固めていたんです。縄文時代にも土器を漆で接着していたことがわかっています」
ふと気がつくと、絹子がほほ笑んでこっちを見ていた。急に恥ずかしくなった。
「なんだか熱くなってしまってごめんなさい。漆のこととなると、つい夢中になってしまうので」
「いいえ、気にしないでください。それで、私なんかに金継ぎができるものでしょうか。お恥ずかしい話ですけど、あまり手先が器用ではないから」
「そのあたりはきちんとサポートしますので」
「さくらちゃんから、理子さんはとても優秀なんだとうかがってますよ」
「そ、そうですか。ええと……では、器を拝見しましょう」
はい、とうなずき、絹子が器物を出した。
少しいびつな筒形の湯呑で、黄褐色の器に自然釉が流れ、景色を作っている。中央に鉄絵で黒く鳥が描かれていた。
目立つのは、口縁から高台にまで走っているひびだ。それとは別に、高台付近に「にゅう」と呼ばれる、水を入れてもすぐには漏れてこないような短いひびが二つ走っていた。縦に走るひびにぶつかって止まっているため、本流に合流した支流のように見える。口縁の表層だけが欠ける「ほつれ」もひとつある。手に取って子細に観察した。他に欠損はない。
それほど高価なものではなさそうだった。地方の土産物屋で買えるような器だ。思い出がこもった品なのだろう。
講座で生徒たちが扱う器は、個人史と結びついたものが多い。だからこそ、職人ではなく自分の手で繕うことは深い意味を持つ。金継ぎは、単に器を修繕するだけでなく、その人の人生における思いや記憶を継ぐのだ。
気持ちを引き締めて器を注視した。
にゅうとほつれはなんとかなるにしても、問題は縦のひびだ。
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