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内側には届いてないようにも見えるが、こういう微妙なひびは見極めが難しい。口縁を耳元に近づけ、強く握ってみた。
かち、という硬質な音がした。そっと歯を合わせたようなかすかな音だ。
思わず顔をしかめそうになった。
「これは、いつごろお求めになったものなんでしょうか」
器をテーブルに置いて尋ねた。
「新婚旅行の記念に買ったんです。この絵は他界した夫が描いたもので」
「窯元に行かれたんですか」
「ええ、夫の友人が陶芸家で。それ、なんの鳥だかわかります?」
理子は首を傾げた。カラスだろうか。けれど新婚旅行でカラスの絵を描いたりするものだろうか。
降参すると、鶏だと教えてくれた。
「新婚旅行と言ってもね、夫の友人の家を泊まり歩くような旅だったの。厚かましい話よね。でもみんな喜んでくれたのよ。その途中でのんびり名所旧跡まで足を伸ばしてみたり、温泉に行ってみたり。予定があってないようなもので、いい旅だったわ」
思い出すように目を細め、絹子は続けた。
「陶芸家のお友達はね、鶏を潰して鍋をしてくれたんですよ。今でも思い出すんだけど、そのかたが小屋に入るとね、鶏がすごく逃げ回るの。鶏もわかってるのね、捕まったらしめられちゃうって。鳥頭なんていうけど、あれは嘘よね」
鶏肉はパックでしか購入したことがない。
ふと気づくと教室にいた生徒はもちろん、鏡花までが手を止めて絹子の話に聞き入っていた。
「それでね、その陶芸家のかた、私たちに鶏を捕まえてきてくれっていうの。君たちなら警戒しないだろうからって。もちろん夫に行ってもらおうと思ったんだけど、嫌だっていうのよ。夫はね、小さいころに放し飼いの鶏に追いかけられたことがあるから怖いんだといって、私に押しつけてきたの」
「どうしたんですか」
生徒の一人がいうと、捕まえたわよと絹子は胸を張った。
「私が近づいても、全然逃げたりしないの。ちょっと申し訳なかったわね。持っていったらお友達がさっさとしめてくれて。おなかの中から黄身がいっぱいでてきて驚いたわね。卵って黄身が先にできるもんなのかしら」
絹子が問うように理子を見ていた。生徒の目も向けられている。知りません、と首をふった。卵がどうやってできるかなんて、考えたこともなかった。スーパーで売っている卵には、最初からちゃんと殻がついている。
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