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絹子は、書類に必要事項を記入して、正式に金継ぎ講座の生徒となった。入会金は明日、教室に持ってくるということで話が決まった。主婦の部が終わり、大学生の部がスタートする前に、絹子は帰っていった。器はそのまま教室に保管することになった。
さくらはあのあと、トイレから出てきた隣の会社の社員が歩いてくると、急に口ごもってしまった。詳しい事情を聞こうとしてもまた説明するの一点張りで、そのまま何も言わずに絹子と一緒に帰ってしまった。
大学生たちが携帯端末のひび割れを漆で接着し、金粉をふって直していると、彼女からメールが届いた。
メールは、先輩にも霊感がないか聞いて欲しいというものだった。
「あるわけないだろう」
大学生たちが帰ってから質問したが、鏡花の返事はにべもないものだった。小型の冷蔵庫から発泡酒を取り出してプルトップを開けた。飲みながら机を片付け始める。
「そうですよね」
「当たり前だろう。何書いてるんだ」
「絹子さんの計画書です」
チラシの裏を使って、金継ぎの大まかな計画を書いているところだった。漆の乾燥は特殊なため、計画をきちんと立てて、全体の見通しをよくする。
「いつになく熱心だな。修繕は難しそう?」
「そうですねえ。というか、いつも熱心です」
「それは感心だ」
チャート式の図を見直した。
縦のひびは無視できないだろう。あまりに深いとどうしても塗り残しができてしまう。
そういうときは音を聞く。器を強く握って音がしなければ漆を染みこませるだけでいい。問題なのは器物が触れ合う硬質な音がするときだ。音がするのは隙間が空いて、ずれているからだ。あの器は思い切って割ってしまったほうがいい。きれいに割れて、欠損部分がない部品は、比較的継ぎやすくなる。強度も増す。もっとも亀裂に沿ってにゅうがあるため、力の入れ具合によっては、そこも割れてしまう危険性はある。
けれど、もっと気にかかるのは。
「先輩」思い切って言葉を続けた。「嘘つくのってどういうときなんですかね」
「唐突にどうした」
廊下でのさくらの話をすると、鏡花は隣に座った。
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