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「で、その話を鵜のみにするのか、理子は」
「そういうわけじゃないんですが、気になるところもあって」
「なるほど、霊の存在を感じたのか」
「違いますよ。でも絹子さんは嘘をついてるんです」
絹子の器を持ってきて説明した。縦に走るひびは、高いところから高台を下にして落としたときに入るものだ。ところが絹子は壊した経緯を説明するときに、横に倒してから落ちたと話した。
「別に嘘とは限らないだろう。横に倒れてから、落ちながら縦になったのかもしれない」
「先輩、ちゃんと見てください」
しょうがないなと言いながら鏡花はしばらく器を見ていた。やがて納得したようにうなずく。
「なるほど。横に走っているひびは、縦に走っているひびにせき止められている。縦のひびが先に走ったからだ」缶をテーブルに置いた。「まず縦に落ちてから横倒しになったのか。とすると、どういうことになるんだ」
「たぶん、絹子さんは壊れたところを見てなかったんじゃないかと」
「この湯呑、とてもきれいだよな」
「そうなんですよね」
古い食器は使われているうちに、茶渋などの汚れが入りこんで変色するものだ。使われていなくても、物置などに放置されていれば埃汚れが付着する。絹子の湯呑は、どちらでもなかった。定期的に漂白剤などを使って手入れしていたのだろう。それだけ大切にしていた証拠だ。
他界した夫との思い出を語っていた顔も、嘘をついているようには見えなかった。
それなのに、だ。
「大事にしていた湯呑が壊れたのに、わざわざ嘘をつくって、何か変じゃないですか」
「だからって霊の仕業にはならないよ」
「それはそうですが」
「思い違いをしてるのかも」
「でも、しっかりした口調でしたよ」
「じゃあ、記憶障害」
「すぐに周囲の人が気づくんじゃないでしょうか」
「誰かに脅されているとか」
「ふざけないでください」
「いや、だからさ、陰湿ないじめって可能性もあるんじゃないか」
「そんな。小中学生じゃあるまいし」
「いじめは手に負えない雑草みたいに、どこにでもはびこってるもんだよ。小学校や中学校だけじゃなくて、高校や大学、会社にだっていじめはある。だったら高齢者だって安心できないだろう」
「やだな、変なこと言わないでくださいよ」
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