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ひび
「理子さん」と義母が言った。「あなた、霊感ある?」
ウズラ卵を手にしたまま、遠山理子は作業机に置いた携帯端末を見つめた。
霊感というと、やはり幽霊が見えたりする、あれだろうかと思う。それとも冷たい感じの冷感なのか。いや、冷たい感じが「ある」とは言わないだろう。
「どうなの理子さん、あるの、ないの、どっち」
「確認なのですが」ハンズフリーにしている電話に話しかける。「霊感というと幽霊が見えたりするような、そういうことでしょうか」
義母は当然のような口調でそうだと答えた。ウズラ卵をそっと透明なプラスチックのパックに戻す。正直に幽霊の存在は感じたことがないと答えると、義母はあからさまに失望のため息をついた。
「本当にないの? 芸術家なのに?」
「わたしは芸術家というより、しがない漆工芸家の卵ですので」
「同じようなものだと思ったけど、まあいいわ。とりあえず、メールしたように友達を連れて行くから」
「金継ぎのご相談ですよね。それと霊感がどう関係するんですか」
「それは後で説明するから」
切り口上で告げると義母はあっけなく電話を切った。
時刻は朝の八時二十分。人気のない教室は静かだった。窓の外は明るい初秋の日差しが、水量のさみしい川を照らしている。川岸の芝生は茶色く変わっている最中で、そろそろ渋滞が終わったのか国道からはクラクションの連なる音が消えていた。幽霊の気配はどこにも感じられない。
気持ちを切り替え、やりかけていた手仕事に戻る。
まずはウズラ卵の上下に千枚通しで穴をあけ、空気を吹き込んで中身をボールに出す。殻を使うためだ。
漆は顔料を混ぜて色を出すが、液自体に色があるため、雪のような白は出せない。そのため、卵の殻を細かく割って、漆で貼りつけ白を出す。割りの大きさと粗密を変えることで奥行と立体感が出る。
殻はウズラの卵を使う。酢水に十分もつけると、模様が落ちて真っ白になる。
そういったものはどこにも売ってないので漆の工芸家――塗師がすべて手作りする。
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