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〈葉月さんはこんな僕を愛してくれるんですか〉
〈あなたに《こんな僕》なんて卑下してほしくない。私にとってかけがえのない人なのだから〉
〈申し訳ない。君の気持ちには応えられない〉
〈どうして? 理由を言って!〉
〈僕は妻帯者なんだ。だから君の気持ちには応えられない〉
現実は私の想像をはるかに超えて残酷だった。えたやは何も悪くない。えたやは私の祖父との約束を誠実に果たした。そのあいだ一切私を傷つけなかった。私が勝手にえたやを好きになっただけだ。えたやは私を傷つけなかった。私もこれ以上えたやを困らせるようなことをしてはいけないのだろう。
〈困らせるようなこと言ってごめんなさい。あなたを困らせるつもりはまったくなかった〉
それに続く言葉を一度打ち、迷ってから消した。送信したものの、えたやから返事はない。自分の失恋くらい自分でケリをつけなければならない。消したメッセージをまた打ち込んで送信した。
〈だからあきらめる〉
〈申し訳ない〉
〈悪いのは私だから謝らないで〉
〈僕らのやり取りはこれを最後にしよう〉
〈それでいいよ。ただ最後に一つだけ〉
〈言ってみて〉
〈こんな私でも海星館に入学すれば友達や恋人ができるって言ってたけど、それは信じていいの?〉
〈もちろん。自信を持って。君は充分魅力的だから〉
〈今までありがとう〉
〈こちらこそありがとう。本当に楽しかったよ〉
それがえたやからの最後のメッセージだった。心にぽっかり穴が開くというけど、今の私がまさにそれだった。正確に言えば、空いた穴こそ私そのもので、今、私には何もなかった。
えたや喪失の悲しみの前に海星館合格の喜びは雲散霧消した。涙が流れてきたと思ったら、そのまま止まらなくなった。声を上げて泣いた。隣の部屋には母がいる。聞かれてもいいと思った。今日ならきっと入試合格のうれし泣きだと勘違いしてくれるだろうから。
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