プロローグⅡ 偶然なんて一つもない

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 喜一郎は碁の関係者に聞いて繁幸に葉月という孫娘がいることを知った。岩田源吉というハンドルネームを使っているが、それが繁幸の孫娘だ。  「手に汗握ったあの対局が忘れられない」  それが喜一郎の口癖になった。若い葉月はどんどん強くなるのに、認知症が進み喜一郎の棋力はずるずる低下するだろう。実力差がつきすぎて葉月が喜一郎を対局相手として見てくれなくなるのは時間の問題だ。  葉月と違っておれに碁の才能はない。おれでは喜一郎の碁の相手にならない。どうしても葉月でなければならなかった。  おれは葉月に近づくにあたり、繁幸との約束をでっち上げた。おれと繁幸に接点などあるはずがない。ただ思ったとおり繁幸との〈約束〉は葉月を攻略する最高の武器になった。ただし、おれが繁幸と無関係だとバレない限り。つまり、ありもしない繁幸との約束を事実だと思わせたまま、えたやとしておれが葉月と交際するのはどうしても無理だった。  「じいちゃん、ここにあの子を連れてきたときに、じいちゃんがあの子を連れてくるように言ったってことはくれぐれも内緒だからね」  「心配するな。これでも碁打ちの端くれ。相手をだますのは得意中の得意だ」  碁打ちって人種はロクなもんじゃないな。  「それより疾風、おまえこそじいちゃんのため、じいちゃんのためというが、本当はそればかりではなかろう」  「何が」  「あの子が海星館を受験することになったとき、おまえ絶対無理だって決めつけてたろう」  「うん」  「あの子は自分の力の半分も出せてない。碁だってそう。繁幸さんが亡くなって一人で打ってるから足踏みしているが、いい指導者に巡りあえれば女流のトッププロにだってなれるだろう」  まさかと思ったが、喜一郎はお世辞や口から出まかせを言うタイプではない。
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