58人が本棚に入れています
本棚に追加
/179ページ
第二章 生意気!
ツイているかツイてないかと聞かれたらたぶんあたしはツイてない。少女マンガではたいてい幼なじみ同士は結ばれる運命なのに、なんであたしだけ結ばれないのか? 中学まであれほど好きだったマンガも最近は読まなくなった。マンガは疲れる現実からの逃避の手段だった。この頃は現実逃避すること自体が疲れる。
でもなるべく疲れたそぶりは見せないようにしている。それでも彼に嫌われたくはないから――
「どうしたの、疾風君」
「遠藤に頼みがあるんだ」
杉野疾風に呼び出された。
彼はアスリートにしては髪は少し長め。少女マンガの冴えないヒロインのあこがれの彼によくあるように、クールな目元に高い鼻、細いあご。美少年という言葉はとっくに死語になったけれど、疾風の周囲だけその言葉はまだ元気に生きている。アスリートらしく全身が真新しいバネみたいに筋肉質だが、それを見せびらかしたりはしない。でも飛び込み台から水に飛び込む瞬間の彼の筋肉の躍動を見るとき、私は人知れず文字通り震えていたんだ。
彼と話すときはいつも、彼のほかの友達も同席している。今日は二人で話したいことがあるそうだ。きっとあたしの期待通りになるわけないのに、それでも期待せずにはいられない、ちょろすぎる自分が少し情けなくなった。
「言ってみて」
「クラスに森って女子がいるよな」
「いつも一人でいる?」
「そう。クラスに溶け込めてないみたいだから、友達になってやってくれないか」
そんなことだろうと思った。違う中学で高校からいっしょになった女子を心配するのはいいけど、それならなんで小学校に入る前から君のことが好きで、でも全然振り向いてもらえなくて今にも泣きそうになってるあたしの淋しさに気づいてくれないのか?
でもそんなこと今さら言えなくて、あたしはいつも通り君の無二の親友として振る舞う。
「さすが疾風君、困ってるひと見たらほっとけないのは相変わらずだね。分かった。あの子と友達になるよ」
「くれぐれもそうするように誰かに頼まれたって知られないようにな」
「分かってるって!」
爽やかな春風のように、あたしは疾風の前から走り去る。あたしは君が望むなら春風だろうが吹雪だろうが、なんにだってなってみせる。
最初のコメントを投稿しよう!