一、七海カナタ

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 だが、人を呼びに行って戻ると、もう誰もいなかった。あれは夕陽が見せた幻だった。そう言い聞かせて家に帰った。  それなのに――彼女は再び目の前に現れた。転校生として。  廊下をすれ違う生徒たちは、いつも通り日常を謳歌していて、今自分の身に起こっている「異常」との落差に気が狂いそうだ。  震える指先はコントロールを失い、まるで自分の身体のように思えないほどだ。屋上のドアを前にしても、開けるのすら躊躇われる。たっぷり十秒、ドアノブを回すことなく離れた手を握り直し、息苦しいシャツの襟首に指を入れた。  もう一度、深呼吸して、ゆっくりと、ドアノブに手をかける。 「遅かったわね」  差し込む夕陽の先――。  七海カナタは屋上の柵の前で、遠くの街並みを眺めていた。振り向いた彼女は変わらず、まるで「造花」のように、凛とした表情で立っていた。  そうだ、彼女には表情がない。だから、造られた華の「造花」なんだ。 「昨日……君は自殺を……」  少女は自らの長い髪を細い指先で触り、目を細める。近くで見ると睫毛が長く、陽光の作る影が頬に落ちていた。 「自殺ではないわ。突き落とされたの」  突き落とされた。飛び降り自殺より余程異様な状況だ。殺人だと言いたいのだろうか? それなのに、それを語る彼女の表情には変化一つない。     
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