一、七海カナタ

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 全くの見当違い――だけど、当てられなくて安心する。いや、当てられるはずがないのだけれど。昨日あった出来事は、そう断言できるほどにはおかしな出来事だった。当事者の自分ですら「夢だったんじゃないか」と疑うくらいだ。 「アキラ君、そろそろ部活に来なよ。部長も心配してたよ。私もアキラ君がいなくて寂しいし」 「う……うん」  ミナモはいつも通りの笑顔で、小さく手を振って自分の席に戻っていった。後ろを振り返るが、七海カナタはいない。朝のHRの時間が近づき、動悸が激しくなっていく。仮にこのまま彼女が学校に来なかったら――俺は昨日の出来事を先生に説明しなければならないのだろうか。だけど、何て話せばいい?  ナイフで刺して欲しいとお願いされたなんて、誰が信じるのだろうか。新宿の高層ビルから突き落とされるところを見たと言って、誰が信じるのだろうか。考えれば考えるほど気が重くなっていく。 「おはよう、アキラ君」  落ち着いた声音に顔を上げると――そこには、昨日、ナイフで刺されて血を流していたはずの「七海カナタ」が立っていた。彼女はいつもと同じように、無表情のまま言った。 「今日の放課後も……よろしくね」  放課後、俺は再び学校の屋上を訪れていた。屋上に繋がる廊下は薄暗く、階段を蹴る音がやけに響く。  本当は、もう彼女に関わりたくない。     
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