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「あっ、もー、来ちゃダメだって毎年言ってるのに!」
案の定、愛理は僕の姿を見るとそう言ったが、それでもどうしてだろう、いつものような勢いはない。
「でもま、いいか。もう完成だし」
そう言って、愛理は満面の笑みを浮かべた。
なんということだろう。今年の愛理は、手作りチョコレート作りにとうとう成功したらしい!
どうしたらいいのだろう、それならば僕は、落ち込んだ時に涙を拭う役も、寒い夜に抱きしめる役も、楽しい時に触れ合う役目も、明日からお役御免になってしまうのだろうか。
愛理は不器用だけれど真っ直ぐで素直だから、手作りチョコレートとともに告白されて断る男などいないだろう。
そうか、僕はもう、愛理の1番ではなくなるんだな……そう思って顔を俯かせると、目の前に何かが差し出された。
「はい、これ」
小さな皿に入ったそれはチョコレートのように見えるが、匂いがまったく違う。どちらかというと僕に馴染みの深い匂いがする。
「この8年、頑張ってレシピ探して作ったんだよ? あなたでも食べれるチョコレートもどき」
愛理はにこにこと嬉しそうに微笑みながら、皿に盛ったそれを僕に勧めてくる。
まさか、愛理がこの8年手作りしようとしていたのは、チョコレートが食べられない僕でも食べられるものだったのか……?
僕が目の前のチョコレートらしきものと愛理の顔を見比べていると、愛理は笑顔のまま、僕に口をつけるように促してくる。
「チョコレートもどきだけど、ちゃんと猫に安心な材料しか使ってないし、一応本命なんだからね?」
愛理は、これが本命チョコレートだと言う。僕の目の前にある、この一欠片の菓子のようなものが。
ならば、食べないわけにはいかない。なにせ本命だ。愛理の愛情の証だ。
僕は味わう余裕もなく一気に平らげると、ぺろりと口元を舐めた。
「美味しかった? ふふ、来年からは毎年作ってあげるからね」
味がどうであるかは問題ではないのだ。大切なのはその気持ちだ。
愛理は確かに僕に愛情を示してくれた。しかも8年もかけて。ならばチョコレートもどきの味が多少口に合わなくてもなんてことはない。
どうやら僕は、バレンタインデーなんてなくなればいい、という認識を改めなければならないようだ。
「まだぺろぺろしてる。よっぽど気に入ったの?」
クスクスと上機嫌に笑う愛理を見上げながら、僕は「にゃあ」とだけ答えた。
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