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雲錦
老舗和菓子店『野中』の跡取り生田秋人は狭い町に通っている幹線道路を挟んで向かいに出来たばかりの人気ショコラトリー『kumonishiki』を朝から睨んでいた
田舎町の、こんなところにそんなしゃれたもの。
三ヶ月もせずに潰れるだろうと思っていた。
それが、口コミの威力とはすごいもので今では道外ナンバーの車も店の駐車場から溢れるように停まっていた。
「全く、あんなもののどこが良いんだか……」
暖簾を掛けながら、チッと舌打ちをする。
畑違いと言えど『kumonishiki』が出来てからというもの『野中』の売り上げは緩やかに落ちていた。
しかし、それが腹立たしいのではない。
それに危機感を感じることもなく『kumonishiki』のショコラティエ窪田春美と飲み友達になったと自慢してくる父親に対して強い苛立ちを感じているのだ。
酒を飲む度に何かしら簡単に影響を受けてきて、やれコーヒー味の羊羹だナッツ味の求肥だと容易に秋人に言ってくる。
だがそれは、ずっと以前に今のままの商売のやり方では五十年続いた店がいずれなくなると危機感を感じた秋人が既に父に提案していた事とまるで同じだった。
その時「そんな邪道な商品を作れるか」とあれ程激昂したと言うのに。
それ以来秋人は、新たな商品開発などしてはいけないのだと自分の欲望は押し殺し今のままの品をただ大切に客の元へと送り出して過ごしてきた。
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