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クエストマーカー消失
食堂のテーブルで湯気を上げるスープに手を付けず、アキラは向かいに座っているルーシー・アファールについて詳しく検索する。
自分と同じ「被虐待児」というタグが気にかかったからだ。
情報源は学校のデーターベースや共用・個人を問わない電子掲示板。
一般の接続ユーザーとは桁が違う電脳歴の前では並の防衛網は障害にならない。
アキラがその気になれば学校の極秘情報から非公開に設定してある生徒や教員の完全な個人情報、入室制限をかけている個人チャットに至るまで覗き見ることができる。
しかしアキラはそうしなかった。
良心の選択というより、目当てとするルーシー・アファールの情報がそこまでしなくとも簡単に手に入ったからだ。
彼女が有名人であることは周囲の様子にも充分に見て取れた。昼時で同じく食堂にいる他の生徒たちの視線が集まっている。
そして近くに誰も寄り付かない空席の層が注目の意味まで伝えていた。
「……メチャクチャ恐がられてるね」
視線の多くは畏怖。しかしながら、ルーシーひとりならこれほど酷くはなっていなかった。混じる嫌悪がアキラを向いていることに当人は気が付かない。
「でもしょうがないよね。
動物園の飼育員さんってスゴイ勇気あるんだってわかったよ」
ルーシーに付けられた評判タグは〝被虐待児〟の他に〝原始人〟〝お利口メスゴリラ〟〝昔々ある力こぶ〟などなど。
これがどういうことかと言えば、もちろんアキラが目撃した彼女のムチャクチャな身体能力に由来する。
人類の歴史は技術の進歩と共にあり、効率化・負担を軽減する新しい道具の発明によって生まれる〝便利〟は人々から少しずつ運動機能を奪っていった。
学童体力測定の数値は右肩下がりに落ちている。
その流れの中で、千年昔の水準と張り合うポジティブイレギュラーが忽然と現れた。
ごく一部のメジャースポーツを残し絶滅の過渡期を下る体育会系の先祖返り、それがルーシー・アファールという女だ。
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