禁じられた愛

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禁じられた愛

 吉田育子の夫、吉田利人(よしだ りひと)は、事件の参考人となった。本人は妻の行方が分かるならと首を縦に振った。  育子が行方をくらましたのは、ちょうど二日前。事件が起きた日付、そして育子が有給休暇をとった日付と一致する。もちろん電話も繋がらず、音信不通だ。  警察署。清治は利人が気張らないようにと、応接室で革張りのソファーに向かい合わせになって応対したが、本人はやはり狼狽えていた。 「そうですか。では奥さんの行方に心当たりはないのですね」 「はい。私も育子とは四カ月前のお見合いで知り合ったものですから、気心が全て知れた仲ではないのです」  力なく返す。育子が向かいそうな場所は、一通り彼も訪ねたらしい。 「奥さんのご家族だとかで変わったことは、ございませんでしたか」 「そうですね――」  育子の家族は熱心なキリスト教徒であった。それは育子の勤める広告会社でも聞いた話だ。利人の家族もキリスト教徒であり、それが育子の母親から提示されたお見合いの条件のひとつだったという。 「正直、私の家族は、育子の家族ほど熱心なキリスト教徒ではないのです。そういえば、育子は一時期思いつめていたことがありました。私も話を聞こうとしたのですが、話してくれず。ただ、それとなく気になることを言ったのです。同性愛についてどう思うかと」  万年筆が、“同性愛”という言葉に反応して踊った。清治自身は、同性愛について別段批判的な意見を持っているわけではない。ただ、育子の家族が、熱心なキリスト教徒であり、カトリック信者であること。そして、育子が怜奈と、その種の関係にあったことも想像できる。  利人の発言を黒革の手帖に取りながら、清治は事実と事実を結び付けていた。  ただ、それを利人には話さなかった。手帖の上に組み立てられた禁じられた愛は、いたずらに口外すべきものではなかった。
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