9人が本棚に入れています
本棚に追加
「そんなはず、ありま千円」
フッと甘く笑ったら、液晶が蜘蛛の巣のように割れた携帯で殴られそうになる。
が、俺は避けない。殴りたかったら殴ればいい。この顔を。
「っち。あんたから美形を取ったら、ウンコ野郎って汚名しか残らないじゃない」
殴ろうとした手を思いとどまり、目の前の女の子はテーブルの向こうのソファに深く座り直した。
俺のじいちゃんがしているレトロな喫茶店『泡沫』。六席並べられたカウンターに、日に当たり色褪せた宝の地図のようなボロボロの紙切れのメニュー。じいちゃんが偶に気まぐれに、世界中から輸入した豆で挽いた珈琲が人気の店だ。騙し騙し、修理しては使っている味のある木造の椅子やテーブルに、縦線が落ちてくる古いテレビ。
その中でじいちゃんはラジオの競馬をヘッドフォンで聞きながら、英字新聞で俺たちの視界から消えている。
ド修羅場の中、俺はじいちゃんに似たイケメンの顔だけを武器に戦いに挑む。
濡れた色気を漂わせる瞳、チョコレートブラウンに染まる髪、長い手足に低く甘い声。
俺には今、この武器しかない。
「で、あんた最近、部活が忙しいって言って私とデートしてくれてなかったよね」
最初のコメントを投稿しよう!