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ばしゃばしゃと水たまりを踏みながら走ってくる音が聞こえてきた。
振り返れば庭の其処ここに灯された松明に照らされた宗明の姿が浮かび上がっていた。
「ゆらさま!」
険しい顔でゆらを背にかばった宗明に、
「違うの。三郎太。その人は違うんだよ!」
と、ゆらは後ろから伸び上ガるようにして宗明の肩を掴んだ。
嵯峨に向かって刀を構えた宗明は振り返ることなく問い返す。
「何が違うのです?」
「その人は陰陽師の嵯峨さんなの! 鈴ちゃんの旦さんだよ!」
ふっと宗明の肩から力が抜けたように感じた。
「では、京の?」
「ええ。お見知りオきを」
「これは……失礼を致した」
宗明は深々と頭を下げた。
そんな宗明に嵯峨はくすっと笑うと、
「挨拶はほどほどに致しましょう。屋敷の中がずいぶん騒がしくなりましたからね」
ふっと視線を動かした嵯峨につられて屋敷を見れば、そこは喧騒に包まれていた。
いや。それまでも人々の怒声と悲鳴が庭にまで聞こえてきてはいた。
けれど蜘蛛の大群に追われ、嵯峨に出会い、そして紙の鳥が蜘蛛を食い尽くすという衝撃的な光景を前に、ゆらの聴覚は屋敷の騒々しさまで捉えてはくれなかった。
それがようやく耳に入ってくるようになった。
「そうだ。三郎太。おしずさんは?」
「娘たちと共に逃げると言ってはいましたが」
「いくらおしずさんでも、一人じゃ無理だよ!」
道場の娘だけに、おしずもそれなりの腕を持つ。
しかし娘たちをかばいながら剣を振ることの難しさを思えば、場数を踏んでいないおしずは不利だ。
「ゆらさまはこちらの陰陽師どのと逃げてください。私は中に戻ります」
「わたしも行く!」
「だめです」
ぴしゃりと言って、宗明は嵯峨に顔を向けた。
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