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その頃おしずと娘たちは、無事屋敷の裏に出ていた。
どこかにあるはずの裏門を探して。
身を寄せ合い怯える娘たちを気丈に励ましながら、おしずは周囲にも気を配っていた。
拉致され虜囚の身になってからろ、くな食べ物を口にしていない。
体はふらふらとして力が入らないが、今は弱音を吐いている時ではなかった。
こうして外に出ることが出来たのだ。
一刻も早くここから逃げ出したい。
その思いだけが支えだった。
「みなさん、もう少しですよ。頑張って」
そう声を掛けるのも、半分は自分を励ますためだった。
そうだ。もう少し。
この塀のどこかにある門を探し当てれば、わたしたちは家に戻ることが出来る……。
「そう、やすやすと逃がすと思ったか」
地面をたたく雨を縫うように聞こえてきたのは、地を這うような声だった。
びくりと身を強張らせ足を止めた。
小さな悲鳴を上げる娘たちを庇いながら、おしずは顔を上げた。
闇の向こうに男が一人。
全身黒づくめの羽織袴で泰然と立っていた。
「お前たちは大切な贄だということを忘れたか」
動悸ばかりが激しい。
口がからからに乾いて、思うように声が出せない。
おしずはいくら強気になっても無理なのだと痛感した。
力ない己など、力ある者には決して逆らうことは出来ないのだと。
カサカサと音がした。
何度聞いても全身が粟立つ、あの音だった。
「ひ~」
と声を上げ、娘が一人地面に倒れた。だが誰もそれに構うことが出来ないでいる。
おしずでさえ、そうだった。
(もう、だめだ……)
諦めよう。
そう思った時だった。
「ほんと、胸糞悪いったらないよ」
涼やかな声が聞こえた。
と思う間もなく、一陣の風が舞った。
その風が次々と蜘蛛を切り裂いていく。
雨と共に、蜘蛛の破片が宙に飛ぶ。
それは宙に舞ったまま更なる風に切り刻まれ、やがて微小な塵となって消えてしまった。
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