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一瞬の出来事に、おしずも娘たちも口を開けたまま立ち尽くしていた。
「早く逃げな」
言われて、はっと我に返ると、傍らには背の高い男。
公家風の衣を身に着けている。
「あ、あの」
「早く行きなって」
苛立ったように言う男に背中を押されるように、おしずは気を失った娘を肩に担ぐと、他の娘を促した。
「行きましょう」
ちらっと助けてくれた男を見れば、彼はおしずたちには一瞥もくれずに、鋭い殺気だけを帯びながら闇の中に立つ敵を見つめていた。
女たちの気配が遠ざかって行く。
「執着あるのかないのか、どっちだよ」
彼女たちを贄と呼び、逃がすまいと追いかけて来ておきながら、随分あっさり見逃したものだ。
それとも、まだ何か手があるのか。
公家風の格好をした彼の視線の先で男が身じろいだ。
すっと身構える彼を無視するように、掻き消えるように男の姿が消えた。
呆気ない。呆気なさすぎる。
「まあ、無駄な力使わずに済んだけどさ」
物足りない……。
彼は不満そうに呟くと、屋敷へと足を向けた。
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