【一の殿方】江戸城大奥姫様の間

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 清水(しみず)宗明(むねあき)は、今日も憂鬱だった。明るい日差しの中で、それを(いと)うかのように、表情は(けわ)しい。  彼は今、大奥へと通じる庭を、足早に歩いているところだ。  将軍しか入ることのできない、大奥。そこに何故彼が入ることが出来るのか。そこには、()むに()まれぬ理由があるからなのだが、その元凶ともいうべき場所へ、彼は向っているところだった。  特別な許可でもって、彼は彼だけが通ることを許された通用門から大奥へと入る。数多くいる大奥の奥女中たちには目もくれず、彼は歩く速度を緩めもせずに、奥へと進んで行った。  宗明は以前、西の丸に住む世継ぎの若君の側に仕えていた。けれど今は、その若君のお声掛かりもあり、城の問題児の話し合い手兼目付け役を務めている。男子禁制の大奥で、これは異例のことだった。  いかにその問題児が、問題児なのかが分かろうというものだ。  宗明がその問題児に仕えて、この年で二年が経とうとしていた。  その問題児とは。  将軍の一人娘、()()姫のこと。  隙あらば姿をくらます姫君に、宗明はずっと振り回されてきた。 三日と空けず、行方知れずになる姫。  今日もどこかに消えたらしいという知らせを受けたのは、宗明が床(とこ)を上げた時分だった。  まだ、夜が明け切らぬ時間帯。 (またか……)  こういう知らせは何度となく受けてきたから、驚くということはない。けれどやはり、焦燥感は否めなかった。  姿だけなら、姫君然として可愛らしいのに、何故、こんなに跳ねっ返りなのだろう。  出会いからして常では考えられない状況であったのだから仕方ないと言えば、仕方ない。幼い時から、そうだったのだ。
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