(1)ゆら姫 十五歳 

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「あなたが城を抜け出すことで、あまたの腰元や近習の侍が迷惑を蒙るということはお考えにならないのですか?母君のお役に立ちたいと思うのはけっこうだが、周りの迷惑も考えずに自分の思いを押し通すのは、我がまま以外の何物でもない」  遠慮の一つもない物言いに、その場の空気が凍りついた。  ゆらの顔は青ざめ、何かを言いかけてはやめているのか、唇がぷるぷると震えている。  こほんと咳ばらいがして、その空気を動かしたのは柳生だった。 「まあ、師範代もいとけない姫君に、あまり辛辣(しんらつ)なことを言うものではない。だが、ゆらさま。師範代の言う事にも一理ある。それは、ご自分が一番よく分かっておいでだろう」  柳生の優しい眼差しに励まされたのか、ゆらは青ざめたまま、こくりと頷いた。 「ふむ。では、ひとつ、わしの考えを聞いて頂こう。まず、ゆらさまはご自分が今何処にいるのか、ちゃんとお城の方に伝えること。それで、市中に出ることを禁じられたなら、わしがとりなして差し上げよう。それから、もうひとつ。母君さまに、その日あったことを面白おかしく話して差し上げること。これは市中にお出にならなかった日にも、必ずされるがよい。この二つの事を守って頂ければ、わしはいつでもゆらさまにおいで頂きたいと思うている。……いかがかな?」 「抜け出すことをやめろとは言わないのですか?」  そう問えば、柳生はふっと人のいい笑みを浮かべた。 「水戸のご隠居さまからの文に、もしゆらさまが訪ねてきたら、力になってやってくれと(したた)めてあった。まあ、そんなことが書かれてなくても、わしはゆらさまの味方だが。のう、師範代?」  険しい表情の師範代が、ぎろっとゆらを睨んだ。  その視線を真正面から受け、ゆらはびくっと肩を震わせた。 「お城の方がご了承されての外出というのであれば、こちらからは何も申し上げることはありません。姫さまの安全が第一でございます故」 「ふむ。それはそうだ」 「いざとなれば、私もお守り致しますが……。いかがでしょう。姫さまにその気がおありなら、稽古を付けて差し上げましょうか?」 「ほう。それは良い考えだ。さすがは師範代だのう」 「まあ。それなら、ゆらさまがここにいらっしゃる理由にもなるわね」  何故か、おしずもうきうきと声を弾ませている。 (あれ。話が変な方向に……)
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