艶書

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 体育の授業でプールを使った際に、梶原は鼻血を出して一物(いちもつ)を屹立させてしまったらしい。 「そんなのあのくらいの年齢ならありそうな事じゃねぇか……」  とは言え、あの年齢だからこその苛めでもあると思うが。 「でも、僕達の学校はプールの授業が男女別で、しかも体育の先生は亀谷先生だったでしょ……?」 「あぁ……そう言う事……」  男女別のプールの授業で体育教師は筋肉隆々の中年教師。  男だらけのその環境で鼻血出しておっ勃ててりゃ、そんな噂にもなるってもんだ。 「んで、お前は何でそれを後生大事に自分の所で保管してたんだ?」 「……わ、渡すのが嫌だったから……」 「梶原の事が好きだったのか?」 「ち、違うっ!」  違うよ、と小さく繰り返した縁が泣きそうな顔をしている。  縁がそれを否定した瞬間、沈んでいた臓腑がフワッと軽くなり、汗をかいた様にベトベトしていた体内が、一気に洗滌(せんじょう)された気がした。  ただ縁が何故そんな顔をするのか分からずに、同性愛者だと思われた事が恥ずかしかったのだろうか、と一至はそこに触れる事を避けた。  結局、梶原が縁の家を訪ねて来た時にはその手紙が中に入っている事を知らずに、縁は梶原に自分で持って行けばいいと言ったらしい。  そう言った縁に梶原は「自分と関わりがある事を知られたくないと思うから」と半ば押し付ける様にしてジャージの入った紙袋を置いて帰ったと言う。  一至はそれを聞いて自分がジャージを貸した事を誰にも言うなと口止めした事を思い出した。 「ぼ、僕はこんな風に明け透けに言える梶原君が羨ましかった……」  縁は視線が合う事を避ける様に瞼を伏せ、その僅かに開いた隙間から玉の様な涙を零す。  梶原に対する罪悪感なのか、大のアラサー男が肩を震わせ、美麗な顔を歪ませる様は妙に婀娜っぽい。 「な……泣くなよ、縁。別に俺、怒ったりしてねぇだろ」 「違うんだ……」  そう言った縁は涙を絞り出す様に眦をギュッと絞って、腹の痛みでも堪えるかのような苦悶の表情を見せた。 「僕は、イチの記憶の中に梶原君が残るのが嫌だった――」  そう言った縁の言葉の意味が良く分からなくて、一至は黙って縁の二の句を待った。
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