艶書

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「……イチは無関心な様でいて本当は優しいから、この手紙を渡したらずっと大事に取っておくんじゃないかって思った。僕以外の男の、しかもこんな熱烈な感情がイチの記憶に残るのかって考えたら……どうしてもそれを渡せなかった」 「いや、言ってる意味が良くわかんねぇよ、縁」 「女の人はもう仕方ないって諦めが付く。僕にはそれを責める資格もない。だけど、男は嫌だ……僕だって……言いたい事は沢山あるのに……」  中学からの付き合いで仕事もプライベートも余す事無く共有している様な男が、もしかして自分を好きだと言って泣いているのか、と思い当たって次の言葉に詰まる。 「僕には梶原君の様な言い逃げは出来ない。だって、離れたら死んでしまう……」  縁は顔を真っ赤にして、喉の奥から絞り出す様にそう言った。 「……お前は、俺の事が好き……って言いたいのか?」  一至はもうちゃんと縁が言っている事の意味を理解出来ているはずなのに、言葉を選ぶ寸の間を埋める様に、そう聞いた。 「ずっと……もうずっと……すき……」  その息苦しそうに吐き出された告白は、一至の胎の中にドシリと沈んで傍にいなければ死んでしまうと、中二病の様な科白を吐いたこの男に猛々しい程の愛おしさを感じて混乱した。  あの人形のような美麗な男が、懇願する様に泣きながら自分を好きだと言う。  妙な優越感はあの頃の周りの奴らから、秋月縁(あきづきゆかり)を手に入れたと言う子供じみた匂いがする。   「小説の中に汚い感情を吐き出しても、もうどうしようもないんだ……。僕だってイチに抱かれたい……気持ち悪いって詰られても、もう……苦しい……。この前、イチが自慰とか言うから……バレたのかと思った……」  美形の癖に女の影がなかったのも、童貞なのも、自分の事が好きだからかと思うとこれまで感じた事のない甘い感情が背筋を這い上がる様な錯覚を覚えた。
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