艶書

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 官能小説より恋愛小説の方が難しいと言った縁の言葉が脳裏を過る。  本人と毎日のように顔を突き合わせているのに恋愛感情を書き綴る作業は、縁にとって苦行でしかないと言う事だろうか。  よもや官能的で淫蕩な肉欲を描いている方が、まさか自分に向けられているとは思うまいと、安心出来たのだろうか。  だが、縁があの作品の数々を自分に宛てて黙々と書き綴っていたと思えば、日頃の苦悩する姿や仕事に対しての情熱を知る一至には、その熱量を見せつけられていた様なものだ。  元々性欲はそんなに強くない。  ストイックだとかドライだとか言われても、一至はこんな風に昂ぶる自分は未だかつて知らない。 「縁……」  お互いの間に挟まった卓袱台が邪魔だった。  一至はその卓袱台に乗り上げ、片膝を付いて縁を抱き締める。  縁はさっきまで泣いていたのに、抱き締められた事に驚いて涙が止まった子供の様に固まって動かなくなってしまった。   「いち……ぃ?」 「もう泣かなくて良い……」  縁に泣かれると、女に泣かれる時の様な疲労感よりも先にどうにかしなければならないと言う焦燥を覚える。 「な……に……?」 「俺は今、お前が泣いているとこうしてやりたいし、こんな事は他の誰にも思った事がないから、上手く説明は出来ないけど……今、俺はお前の事抱きたいと思ってる」  自分の背中に回る縁の手にギュッと力が籠る。  また喉の奥を絞る様な声を漏らして、一至の肩の辺りを生温く濡らす。  そうしながら一至はあの胃凭れした様な倦怠感が梶原に対する嫉妬だったと思えば、ストンと音も無く溜飲が落ちて行く気がした。
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