艶書

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 縁は“雪雁小豆(ゆきかりあずき)”と言う筆名で一部のコアなファンを抱える官能小説家だが、その独特の世界観は一般受けするものではなく、細々と生活している。  もっと顔を露出すれば売れるだろうに、表に出る事を断固として嫌い、仕方なく関係者の集まる場所へと駆り出されても、笑みの一つも見せやしない。  自分にだけ懐く猫の様な、縁のその内弁慶は一至にとって可愛らしい所でもある。  一至がその雪雁小豆と言う名前を聞いて「卑猥な名前だな」と突っ込んだら、本名である秋月縁のアナグラムだと言われて、自分のムッツリ加減に嫌気が差した。  大学を卒業後出版社に勤務した一至は、今日も元気に緩く適当に雪雁先生の世話を焼いている。 「何だ? 濡れ場に詰まってんのか?」 「いーや、もう山は越えたんだけど……」  縁は昔から大人しくて女の様な綺麗な顔をしていた。  だからと言って弱々しい感じはなく、どことなく雌猫の強かさを思わせる男だ。  周りからしてみたら、線が細く頼りなさ気に見える縁の傍に一至がいるのは当たり前みたいな雰囲気があったけれど、一至からしてみたら縁は自分がいなくても生きて行けるしなやかな強さを持っている。  どちらかと言えば自分の方が逆境に弱く、ポッキリと折れてしまう鋭利で尖ったプライドを持っている。 「女性を抱いた事がないから、こう……どう言う気持ちなのかと思ってね」     
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