艶書

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 雪雁小豆(ゆきかりあずき)の新作は娼婦として生きる女が、学生時代に好きになった男を思い描きながら毎日違う男に抱かれると言う話だった。  そうして妄想の中だけで恋を成就させる女に、ある日転機が訪れる。  客としてその初恋の男が現れ、初めて満たされるセックスを覚えると言うものだった。  ただそれは一方的な恋情を拗らせただけで、愛には程遠いと言う締め括りで、あいつらしいと言えばあいつらしい。  雪雁小豆の二つ名は【バッドエンドの小豆】と言うもので、縁はハッピーエンドを書かない事で名が知れていた。 「だから初めての経験なわけね」  事務所で原稿のチェックをしていた一至は、やっぱり縁には好きな人がいるんじゃないかと思い当たる。  そしてそれは、他でもない梶原ではないか――――と。  そう仮定すればあの手紙を自分に渡さなかった事にも説明が付く。  自分の好きな人が、自分の親友に手紙を渡してくれと言って来たら、そりゃ躊躇するだろう。  だがそう思い立った途端、まだ冬だと言うのに気怠く夏バテした時の様な疲労感がずっしりと一至の内側に沈んで行く。  その原因が何なのか、一至は確かめる様に胃の辺りに片手を宛がった。  そもそも梶原は何故ホモだと言う噂を立てられたのか、クラスが違っていて噂だけが蔓延していて、その真相を確かめた事などなかった。 「でも、そうなると(ゆかり)もって事になるよな……」  学生時代、縁には男に告白された事があると言う噂があった。  一至はそれを聞いても、あぁ、何となく分かると思った程度だ。  今では古い平屋の縁側に袢纏着て転がっている様なアラサーだが、若い時の縁は男を変な気分にさせたとしても別におかしくはないと思えるほど綺麗だったからだ。  今だって髪を綺麗にして薄い無精髭を剃って、それなりの格好をさせればその美しさは健在だと思う。
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