闇呼ぶトビラ

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「両親は不思議に思っていないようでした。私だけが姉の変化に気がついていたんです。姉の変化は、きっと夢の中の『トビラ』を開けてしまったからだと。このまま姉が知らない誰かになってしまう、そう思いましたが誰も信用してくれませんでした。そして母と私と一緒に買い物に出かけた先で……姉は車に飛び込んだんです。本当に突然で、私も母も姉を止める事が出来ませんでした」 そこまで話して、彼女はゼンマイが切れてしまったように黙り込んだ。 指だけは別の生き物のように、テーブルの上で動き回っている。 私は無理矢理に唾液を喉に流し込むと、かすれた声を絞り出した。 「じゃあ、お姉さんは自殺……という事になるんですか?」 「そう、ですね。一般的には自殺という形で落ち着いています。誰にも言えない悩みがあって、衝動的に自殺してしまったんだと。両親は姉の死ぬほどの悩みに気がついてやれなかったのかと、自分達を責めています。でも違うんですよ。だって姉はトラックに飛び込む寸前、私の方を見たんです。しっかりと私の目を見て嘲笑ったんです。とても……とても厭な顔で」 彼女は深い深いため息を吐き出した。 「奇跡的に、姉の頭部はきれいなままでした。葬儀の時には、弔問に来て下さった方に最期のお別れをして頂く事も出来ました。でも私は姉に最期の別れを告げる事ができませんでした。だって……棺に横たわっていた姉の顔は……全然知らない人の顔だったんです」 俯きながら話していた女性は、そこで初めて顔を上げ私を見た。 その顔は土気色で、瞬きを忘れたように見開かれた両目は血走っている。 ギュッと収縮した瞳孔が、追い詰められた彼女の精神状態を如実に物語っていた。 何とも言えない後味の悪さを抱えながら、私は言葉少なに女性に礼を述べた。 荷物を持ってテーブルを離れようとする女性に、私は思いついたように最後の質問を投げてみた。 「お姉さんの瑞季さんは、夢のトビラを開けた時に何を見たんでしょうか?」 女性は立ち止まると、肩越しに振り返って答えてくれた。 「トビラの向こうには、姉がいたそうです。自分と同じ顔をした、でも確かに自分ではない『姉』がいたと言っていました」 私は立ち去る女性の背中を見つめながら、彼女が振り返りざまに彼女が見せた厭な嘲笑いを果たして忘れる事が出来るのだろうかと考えていた……。 了
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