6人が本棚に入れています
本棚に追加
姉から教えられたように、体の隅々まで塩を入れたお湯で清める。
体が温まってくると、ようやくゆっくりと息が吐けるようになった気がした。
「やった……。勝ったのよね。ワタシ、アレに勝ったんだわ……」
もう、あの道を通るのは絶対によそう。懲り懲りだわ。
存分にお湯を使い、温まったワタシは、タオルで髪を拭いながらリビングへ戻った。
使った分の塩は、買って返さないといけないだろうなぁ。
姉が使っている塩は、スーパーで売っているようなものではなく、天然100%の特別誂えの塩。
自分で買おうと思うと、高いんだよなぁ。
でも、黙って使ったのがバレルと、後でこっぴどい目に会うし。
ところで、誰もいないみたいだけど、皆どこに行っちゃったんだろう?
そう言えば、車がなかったような気もするけど。良く見てなかったし。
お父さんはまだ帰る時間じゃないとしても、お母さんまでいないなんて。
あ、買い物にでも行ったかな?
塩の壷をもとあった場所へ戻し、ホットココアでも淹れようとしていると、車のエンジンの音が聞こえた。
やっぱり、買い物にでも行ってたんだな。
ヤカンをガスにかけ、火をつける。
玄関の開く音がして、母のただいまーという声が聞こえた。
「んー、お帰りー」
「ちょっと、玄関前の自転車、ちゃんと停めときなさいよぉ」
「うん、わかったぁ」
忘れてた。ちゃんと直しておかなくちゃ。
「それより、聞いてよー」
母の甲高い声が響いた。
「何よ?」
「こんな雨の夜に、子供を道端に待たせっきりにしている親がいるのよ。信じられる?」
玄関先に、買い物袋を置くガサガサという音に負けまいと、母が声を張り上げて訴えてきた。
母の言葉がワタシの神経に刺さった。
『雨の夜』に『子供』を『待たせて』いる?
「ちょっと待って、お母さん」
ワタシは慌てて、リビングを出る。
けれど、ワタシの声が聞こえないかのように母は言葉を続ける。
「あんまり可哀想だから、うちに連れて来てあげたの。うちから電話を掛けてあげようと思って。こんなご時世に、子供を一人で道端に待たせておくなんて」
「だめ、お母さん、その子を家に入れないで!」
ワタシが叫ぶのと、玄関のドアが閉まる音がしたのは、同時だった。
「ねえ、タオル持って来てちょうだい。この子、びしょ濡れなのよ」
そう言っている母の声を、ワタシは上の空で聞いていた。
リビングからは、お湯の沸くシューシューという音が聞こえてくる。
最初のコメントを投稿しよう!