雨夜の訪問者

8/15
前へ
/15ページ
次へ
バッグを抱えると、ちょっとだけよろめく足取りで電車を降りた。 もうそろそろ、ICカードじゃなくてスマホアプリにしようかなぁ。 イマイチ決心がつかなくて、いまだにカード式なんだよね。 人の波に押されて改札口を抜けたとき、後ろから来た人に押されて手が滑ってしまった。 バッグの中にしまいかけたケースが、雨水に濡れた床にパチャリという音を立てて落ちてしまう。 「やだ、もう。濡れちゃったじゃない…」 ブツブツと愚痴りながらハンカチでケースを拭い、バッグの中にしまう。 雨はさすがに振り方を増していて、自転車で帰るのはちょっと躊躇われた。 でも、今日は傘持ってきてないし。 歩いて帰ったらズブ濡れになっちゃう。 タクシーは……ダメだ。 全部出払ってる。 しかも、長蛇の列が出来てるし。 仕方がない。 濡れる事よりも、早く家に帰れる事を優先するか。 駅の駐輪場から自転車を引っ張り出すと、雨の中、ペダルを踏み込んだ。 この程度の雨なら、大丈夫かも? 酔いを醒ますのにも丁度イイか。 明るい、バイパスへ向う道を走り始める。 早く帰って、熱いお風呂に入って、温まって寝よう。 明日頑張れば、休みだし~。 雨の降る夜道を自転車で走るのは、かなり気を使う。 視界も悪いし、路面の状態も悪い。 なおかつ、ドライバーのマナーも雨の状態に比例して悪くなるのはどうしてなんだろう? 道路のくぼみに溜まる水を盛大に跳ね上げ、スピードをあげて脇を走り抜けていく車の列に、ワタシは小さく舌打ちをした。 しょうがない。 次の信号で、曲がろう。 そうすれば車の量も減るし、スピードもあげられる。 そう判断したワタシは、丁度替わり始めた信号目指してペダルをこぐ足に力をこめた。 「ギリギリ、セーフ!」 信号が変わりきる前に、道路を渡ることが出来た。 「信号待ちで、余分に濡れたくないしね」 でも、何だろう。 今日はやけに自転車のペダルが重いのよ。 雨で路面が濡れてるからかな? 「それに…しても…重いわ…」 おっかしいな。荷物なんか乗せてるわけじゃないのに。 そしてワタシは気が付いた。 「マズイ…こっちって、あの道に出るんだった」 よく考えもせずに曲がってしまったけど、あの「例の道」に出るんだ。 参ったな……。 まるで呼ばれてるみたいだ。 雨まで降ってるしさ……。 『お姉ちゃん、呼んだよね?』 不意に耳元で声がした。 「え?」
/15ページ

最初のコメントを投稿しよう!

6人が本棚に入れています
本棚に追加