新聞配達

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高校の3年間、新聞配達のアルバイトをしていた。 高校を卒業したら進学せず、実家の家業を継ぐ事が決まっていたので、クラスメートのように大学受験や就職活動で焦る事もなく、俺はせっせとバイトに精を出す事が出来た。 別に遊ぶ金が欲しかった訳でも、家計が苦しかった訳でもない。 家業を継ぐ代わりに、高校3年の夏休みに一人で旅に出る約束を両親と取り交わしていたからだ。 自転車で、自分一人の力で行ける所まで行ってみたい。 そのための資金集めとトレーニングを兼ね、朝刊配達を3年間続けた。 朝早いのと、天気の悪い日は大変だったけど、夏なんかは早朝の爽やかな空気の中を自転車で走るのは気持ちよかった。 俺が担当していたのは、全部で100件くらい。 最初からそんなに担当していたわけじゃなく、50件ほどから徐々に増やしていった。 俺の配達している地区はアパートやマンションが多く、一度の配達で件数を稼げるのも理由の一つ。 真面目にコツコツとやってきたから、店にも信頼してもらっていたというのも理由かな。 明け方、って言っても夜中だな。 午前2時半に起き出して準備をし、3時には販売店に到着。 そこで用意してある新聞の束を自転車に積み、配達に出発! まだ寝静まった町の中を、自転車のライトを頼りに走っていく。 まるで自分が町の主になったような気分。起きているのは配送のトラック運転手と、コンビニの店員、神経質な犬ぐらいのもんだ。 俺が担当している地区は、ベビーブームの頃に乱立した団地やマンションが多い。 くすんだコンクリート、切れかかった廊下の電灯に空きの目立つ郵便受け。錆びの浮んだ児童公園の遊具は、見るたびにありし日の栄華を思い出させて少し切ない。 もちろんエレベーターなんて上等なものはなくて、自分の足を使って階段を6階まで昇って、また降りてくる。 そこらへんのジムに通うより、よっぽど足腰を鍛えられる。 そんな俺の受け持ちの中に、木造2階建ての古いアパートがある。 薄い合板のドア、汲み取りトイレの排気筒のある昭和の香り漂う安アパートだ。 新聞をとっているのは1件だけ。 ギシギシと音を立てる古びた階段を上がり、薄ぼんやりとした光を投げかける玄関先の灯りをたよりに目的のドアの前に立つ。 ドアに設えられた新聞受けに朝刊を滑り込ませる時、その内側からひんやりとした空気が流れてきて、俺の指先に触れる様な気がする。
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