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だがソレは私の目にしっかりと焼き付き、覚えていたくもない特長を私の脳裏に刻み込んだ。
まるで見えない手でガッチリと捕まえられたかのように、視線を外すことができない。
じんっと頭の芯がしびれ、動くことも出来ずに立ち尽くしている私の耳に、背後から呼ぶ妹の声が聞こえた。
その声に体の自由を取り戻し、後ろを振り返ると、妹が私の方へつか付いてきているところだった。
「あ……あ、危ないから。そこにいて」
どうにか声を絞り出すと、慌てて妹の元へ駆け寄り、生乾きの服を着込む。
「ほら、寒くなってくるから。早く帰ろう。ね?」
私の言葉に何の疑問も抱かず、妹は私の手を握って無邪気に歩き出した。
足早に橋を渡り、自宅である団地へ向かう坂道をのぼる間、私は背中に刺さるような気持ちの悪い視線をずっと感じていた。
幸いにも、妹は何も見ていないようだ。
知らないなら、そのままの方がいい。
私は自分の目にしたものの事を、妹にも母にも話さなかった。
家に帰りついた私は、その夜から熱を出して3日ほど寝込むはめになってしまったのだが。
川に落ちて濡れたこと、生乾きの服を着て歩き回ったのが原因だろうと母には言われた。
が、私は思っている。
きっと、あの川を流れてきた、誰かも知れぬ頭と目が合ってしまったせいに違いないと。
それから間もなく、母の再婚が決まり、私達家族は熊本を離れた。
随分と時間が経った。
インターネットで検索すれば、当時、私達が住んでいた町営住宅はまだ同じ場所にある。
子供の頃遊び、そして私がアレを目撃した川も。
だが、当時とは色々と様変わりしていることだろう。
あの頭は、もう海へ流れ着いただろうか。
どこかで誰かに拾い上げられ、供養されたのだろうか。
それとも……いまだに、あの川を彷徨っているのだろうか。
了
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