隙間が怖い

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「僕は隙間が怖いんだ」 どうしてそんな話題になったのか、酒の席に集まった面々がそれぞれの怖い物を語り合っていた。 松下は余程その話題が嫌だったのだろう。 たったそれだけの言葉を紡ぐために、したたかに酒をきこしめしていた。 「小学生の頃、友達の家に遊びに行ってね。その頃って好きなタレントとかアニメのポスターを部屋に貼ったりするだろう? ソイツの部屋も壁一面にポスターが貼ってあってさ。その1枚が剥がれかけてた。貼り直してやろうと思って、何の気なしに近寄っていったんだ。そしたら、ぺろりとめくれたポスターと壁の隙間から僕を見ている『目』と視線が合った。ギラギラ光る『目』が、僕の事をじっと見ていた。自然と叫び声が口から出ていたよ」 乾いた口を湿らせるように酒を含み、松下は話を続ける。どろんと濁った目で、どこを見ているのか焦点が定まっていない。 「それからだよ。僕は隙間が怖くて仕方がない。カーテンの隙間、押し入れの隙間、壁とタンスの隙間、ありとあらゆる隙間から、あの『目』が僕を見ている。今では顔の輪郭さえ分かるようになってきた。多分、近いうちにアレは『こっち』にやって来る」 語るほどに松下の声は沈み、見えない何かから隠れるように縮こまっていった。 「壁に刺さってた画鋲かなんかを勘違いしたんだよ、きっと。それで怖いって気持ちが焼き付いちゃったから、隙間に恐怖を感じるんじゃないのか?」 松下のただならぬ様子に、私はあえて茶化してそう言ってみた。 「僕の脳がありもしない恐怖を勝手に作り出して、それに怯えているだけかもしれない。それでも構わないよ。極限まで持ち物を減らし、隙間に怯える生活には、もう疲れたんだ」 コップに残った酒を一気に飲み干すと、松下は歪な声でこう付け加えた。 「アレは僕を『向こう』に連れて行こうとしている。自分の存在に気が付いた僕を」 場がシンと静まり返り、沈んだ空気のままお開きとなった。
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