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女性ははっきりと、そう言った。
女性の後ろで男性もしゃがみ込むと、女性の肩に手を置いて口を開く。
「圭、俺は美希を大切にする。いつか生まれてくる子供と一緒に、絶対に幸せにしてみせる。だから圭、俺らのこと、1番近くで見守っていてくれよな」
私の中で、何かがこみ上げてきた。目の前の光景に、何故か泣きたくなってしまう。
その時、秋君が動いた。2人に近づいて行く彼を私は慌てて止めようとしたけど、伸ばしかけた手を引っ込める。
彼の足に迷いはなかった。
2人が顔を跳ね上げて、驚いた顔でこっちを見た。
秋君は2人の前で立ち止まる。
「急にすみません。けど俺…お2人に、伝えたいことがあるんです。俺は、吉野圭を知っています」
2人の顔色が変わった。明らかに困惑している。
ーーー吉野圭。
私はその名前に、全く聞き覚えがない。
「赤の他人の俺が言うべきことではないと思います。けど、言わせてください。圭はどんな時でも、お2人の幸せを願っていました。圭のこと、どうかいつまでもーーー忘れないで下さい」
私は秋君の後ろで、何も言うことができない。
ただ静かに、この状況を見守るしかなかった。
男性が腰を上げる。そして、秋君を真っ正面から見つめて言った。
「君は、本当に圭を知ってるのか?」
「はい。あいつは…」
そこで一度、言葉を切る。
「圭は俺の、親友です」
黒髪の男性は目を見開くと、ふっと息を吐き出す。可笑しそうに、けれどどこか嬉しそうに笑った。
「はは、驚いたな。あいつにこんな若い親友がいたなんて」
「本当ね。私もびっくりしちゃった」
男性の後に立ち上がった女性は、秋君に向かって大らかな笑みを浮かべる。
「私たちは、彼のことを絶対に忘れたりなんかしないわ。だから貴方も彼のことを、忘れないでいてあげてね」
秋君は黙って頷いた。
2人は満足した様子でその場から去って行く。
手を繋いで、お互いの顔を見つめ合い、笑いあっていた。
その素敵な姿が見えなくなるまで、私と秋君はその場を動かなかった。
「…清香」
「…何?秋君」
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