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飲み物を飲んでお手洗いにいって、また馬車での長い旅に戻る。
今度は延々とブレゼさんとラドクリフ様のケンカを聞き続けなければならないかもしれない。
そんなの嫌だけど。
嫌とも言えない。
御者の手を借りて馬車に乗り込もうとした。
「ブレゼ様、アニエス様は少し御者席でお預かりします」
御者が私の手をとると、いきなり言い出した。
私は顔を上げて御者を見て、私が乗り込むのを馬車の中で待っていたブレゼさんとラドクリフ様を見る。
「そのほうがいいでしょう。この馬車の中にいても私とブレゼの口喧嘩を聞くだけで気分も悪くなるでしょうから」
ラドクリフ様は賛成して、ブレゼさんはふんっと私から顔を逸らす。
「好きになさい。…まったくどうして私がこんなところまで…」
「ブレゼ、いい加減にしなさい。それが王家の執務を執る者の言葉ですか。王の代理として妃を引き取りにいくという大役をあなたは…」
「ビアナ公爵様のお小言ももう聞きたくございません。私は別の馬車を使わせていただきたいくらいなのですよっ?」
「使えばよろしいでしょう?」
なんてケンカをまたしてる。
御者は気にせずに馬車の扉を閉めて、踏み台を御者席に持っていって、私をそこに乗せてくれる。
こんなとこ、乗りたいって言っても、誰も乗せてくれたこともない。
本当にいいのかなと思いながら、御者の手を借りて踏み台をのぼって、御者席に座った。
とても見晴らしがよくて、馬車に繋がれた2匹の綺麗な栗毛の馬の背を見ることができる。
御者は踏み台を馬車に積むと御者席に飛び乗るかのように乗り込んで、馬の手綱を握った。
鞭を一回、馬に打つと、2匹の馬は仲良く歩みを進める。
風を感じて、馬車の中にいるより心地いい。
過ぎていく景色やあたりをひたすら見回してしまう。
御者を見ると、御者も私をちらっと見て、笑顔を見せてくれる。
お兄様と同じくらいの年齢だろうか。
20代と思われる若い御者。
整った目鼻立ち。
私を迎えにいく馬車の御者だからか燕尾服にシルクハットを被って、白い手袋をつけて、しっかりと正装している。
「お名前を伺ってもかまいませんか?」
「ジャックと申します。うるさかったでしょう?ブレゼ様は今日はとても機嫌が悪いようです。アニエス様が主となるのにあのような態度で申し訳ございません」
馬車の中の会話が聞こえていたかのように言われた。
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