第1章

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「なんでそんな泳ぎ上手いの? 長谷川さん」 「昔習ってたからな。 アッチで」 「台湾?」 「そ。 さて、 もう一本!」 そう言うと長谷川さんは音もなく沈み込み、 壁を蹴って泳ぎ出してしまった。 (あー……ぁ、 行っちゃったよ) 50メートルプールを、 ゆったりとした泳ぎに似合わぬハイスピードで突き進んでいく。 顔が半分しか出ない息継ぎと力の抜けた肘に慣れた優雅ささえ漂わせながら。 (もうちょっと俺との会話に食いついてくれても良いンじゃん?) 「ちぇっ」 コースの端に立ったまま空を見上げると、 近くに立ち並ぶ高層ビルの先端を縁取りにした夏の夕方が見えた。 モクモクと育った雲、 飛び交う蝉とまだまだ明るい西の空。 なま温かい風が水に冷やされた体に心地良い。
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