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君は夜になると川へ向かう。流れの穏やかな川。雨の降らない日は、そこにもう一人の僕らが映った。その背後には輝く満面の星。君は川の中に両手を入れ、川の水を掬い取る。 「何をしているの?」 いつの日か僕は君に聞いた。 「お星さんがほしいの。」 空には手が届かないから、川の中にあるお星さんを採るの。君はそう言って川に何度も手を入れた。水は指と指の間から零れてしまうから、手の中にあった星も一緒に零れてしまう。君はそのたびに泣きそうな顔をした。そして零してしまった星を再び掬いあげる。何度も何度も繰り替えすから君の手は水でふやけて、冷たそうに真っ赤に染まっている。ふやけた君の小さな手はまるで君の心のようだ。しょぼしょぼとしている君の手を、顔を、見るのが僕には辛かった。 「どうしてお星さんがほしいの?」 僕が聞くと君はやっぱり泣きそうな顔をしたまま僕を見た。掬った星がまた零れる。 「だってね、ママがね、お星さんになったからだよ。」 零れた星を君はまた掬う。僕は居た堪れなくなって君の顔を見れなくなってしまった。 「ママに会いたい?」 君は僕の言葉に一度首をかしげてから、嬉しそうに笑う。そして、水面に映った一等星を指さすと、「あれがね、ママなの。」そういって、もう一度水面に手を伸ばした。届きそうで届かない、目の前にあるのに目の前にない。君の望むものはいつも、僕じゃ与えてあげられないものだった。そんな君の背中が愛おしくて、切なくて。僕は、最初で最後の抱擁を君に贈った。
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