プロローグ

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プロローグ

 1911年 10月26日  ニューオルレアン市街メルクリウスにて・・・・・・  市街地の中心に1軒のパン屋があった。小麦を捏ね、焼いて作られた品々が香ばしい香りを店内に漂わせる。2人の女性が店員を務めており、大人の子供の1人ずつ、元気に働く。 「ベルギーワッフルを頂けないかしら?あと、この可愛らしい飴もいくつか」  派手な格好の貴婦人が言った。彼女はついでに子供用のキャンディーの隣にあった紅茶の袋を掴み取りレジに置く。 「畏まりました。エリス。レジをお願いできる?」 「分かった」  エリスと呼ばれた少女は少々焦りがちで注文されたベルギーワッフルを取り出す。客人を待たせぬよう、急いで茶色い紙袋に詰め紅茶の隣に置いた。 「お待たせしました。3フランです」  貴婦人は優しく微笑み、支払いを済ませると店から去っていった。店内は無人となり、2人きりとなった親子は一旦は緊張を緩める。 「そう言えば、今日この街に"ジリアン・オールディス"が来ているのよね?」  焼きたてのパンを売り物を置く棚に並べながら、少女が言った。 「ええ、そうよ。イギリス人なのに、フランスを愛する革命家なんて珍しいわね。もうすぐ、近くの広場で彼女の演説が始まるとおもうわ」  少女の母らしき年上の女が娘を見つめながら、返事を返す。 「私も行っていいよね?」 「え?・・・・・・まあ、いいけど。エリス。演説会場は大勢の人が集まるから、転んで踏まれないように気をつけなさいよ」 「やった!ああ~、楽しみ~」  エリスは新しいぬいぐるみを買う前の女の子みたいに張り切り出した。ケースを除き、パンの状態を確かめるとレジの前に行き次の来客を待った。母親はそんな我が子の姿に優しく微笑む。  エリスは自分の部屋で、ベーカリーユニフォームを床に脱ぎ捨て、私服に着替える。身なりを整えると、大きな足音を立て、階段を駆け下りていく。 「行ってらっしゃい。演説が終わったら、寄り道しないで帰ってくるのよ?」  親なら誰でも言いそうな在り来たりな言葉を聞き流し、少女は人ごみの中をかき分けていく。
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