第2章 外の世界へ

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 ユピテル 港区の市街地  エリスとエドワードは、次の任務の舞台へと足を運んだ。ニューオルレアン最大の海沿いの都市だけあって、波止場にはいくつもの輸送船がずらりと停泊し、沖を行き来している。機械や船が排出する煙で空気が淀み、たまに鳴り響く汽笛が耳に痛感を与える。  ユピテルの街はエドワードとセシールの証言通り、華やかな街とは言い難かった。行き交う人々は、誰しも目つきが悪く、よそ者をあやゆる所から監視しているような、心地の悪い感覚を生む。常に緊迫を抱かされ、背後を気にしてしまう陰気な雰囲気は、治安の悪さを言わずと物語っていた。フードで素顔を隠すエリスは、皮肉にも、この街に馴染めるような不審人物らしい姿だ。 「危ない所だとは聞いていたけど、想像以上だったわ。いつ襲われても、おかしくない危険な街ね。私の住むメリクリウスがこんな風じゃなくてよかった」  エリスが周りに悟られないよう密かに周囲を見渡しながら、思った感想を述べる。 「元々、ユピテルは荒くれ者が集う場所ですからね。特に今のご時世、近い将来に戦争が起きそうなだけに不安や鬱憤が更に住民の精神を蝕んでいるのでしょう。事実、戦争が起きれば、物資を輸送する船は格好の獲物となります。ただせさえ、命懸けの職務なのですよ。さて、どこかの暴漢に金品をよこせと脅迫される前に、騎士団の協力者がいるという酒場を探しましょう」 「ええ。確か、"シー・オブ・サンセット"だったわよね?」  エリスとエドワードは足を進め、ユピテルの街の奥地へと入って行く。途中、偉そうな姿勢で煙草を吸い、愚痴を言い合う女の集団に道を尋ねる。 女達に言葉はなく、不機嫌そうにこちらを睨みながら、酒場のある方向に手を扇いで、2人を追い払うような仕草で伝えた。  案内の証言を頼りにしばらく歩いていると、商店街の外れ近くにポツリと建つ1軒の酒場を見つけた。建物は一階建ての木造建築であり、何年も改築していないような古い外見をしている。扉の上に取り付けられた看板に、はっきりと店名が刻まれていた。 「エドワードさん!ここ・・・・・・!」  エリスが探偵の腕を掴み、子供みたいに感情を昂らせる。 「どうやら、ここで間違いないようですね。お望みの人が在宅していればよいのですが」  外の世界が外の世界なら、建物の内側も全く同じような光景だった。清潔感のない大勢の船乗り達が酒を飲みながら、音痴な歌を歌い、ギャンブルに夢中になる者も。カウンター席の奥には店のオーナーらしき、ガタイのいい男性が1人。 「いらっしゃい。何を飲む?」  オーナーは2人をよそ者だと見抜いているのか、透明のグラスを吹きながら、疑わしさしかない目で2人に尋ねた。エドワードは、エリスを背後へ控えさせ、ここに来た本来の理由を話し始める。 「大変、失礼なのですが。私達は酔い潰れに来たのではありません。私はエドワード・ルーカス。私立探偵です」 「ああ?探偵だぁ?こりゃまた、この場にそぐわねえのがいらっしゃったもんだ。俺の店の付近でヤバい事件でも起きたのか?頼むから、うちを問題に巻き込まないでくれよ?こっちは、平和な経営をしたいんだ」  オーナーは、機嫌を損ね、強張った顔を更に歪ませる。 「ご安心を。この店の名誉を穢す真似は決して致しません。ついさっき、アルコールは不必要だと申し上げましたが、代わりに欲しいものがあります」 「酒が要らねえなら、何がお望みなんだ?」 「"情報"です」  エドワードと淡々と答え、カウンターの上に多額の紙幣を置く。オーナーは無言のまま、出された通貨を拾い、辺りを気にしながら、懐にしまい込んだ。
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