逃げる足、追う足

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入社当時から指導に厳しかった俺に泣き言も言わずに付いてきたくせに。 彼女にとって初めての社員旅行。 知らない土地で迷子になったのが余程心細かったのだろう。 見つけた途端に大粒の涙を溢れさせ、幼い子どものようにしゃくり上げながら泣く姿が愛しくて気付けば思うより先に抱き締めていた。 多分それが、彼女を意識し始めたきっかけだった。 それなのに、その旅行から戻ってきた途端に俺への無視が始まった。 理由も分からず一方的にされたその行為に腹が立つ、と最初はこちらもその喧嘩に乗ってやった。 仕事には差し支えが無いのだからと向こうが謝ってくるまで、いつまでも続けてやろうと思っていた。 彼女の本当の気持ちに気付いたのはごく最近だった。 何て事はない。 いつものように目が合っていつものようにぷいっと背けたその顔に苛立ち、こちらも顔を背けた。反射した窓ガラスに彼女が映る。 不安そうにこちらを伺うその眼差し。 ばれないようにゆっくりと視線を動かし目の端に彼女を捉える。 さらりと落ちた髪の隙間に赤く染めた頬を見つけた。 なんだ、そんな事かと解けた謎は意外にも簡単すぎて中々気付かずに随分と無駄な時間を潰してしまった事を悔いた。
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