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「えっ」
聞き覚えのある声に振り向くと、そこにいたのはお父さんだった。眠たそうな顔をして、でもその眼には妙な力があって。
「姫奈、どこに行くんだい? それに、その人は?」
「えっとね、お父さん。この人は、」
「姫奈さんとお付き合いさせていただいている藤島です」
なかなか答えられないでいるわたしの前に出てきて、藤島くんがはっきりした口調で言う。
「そっか、藤島くんか……、なるほどね?」
お父さんの目が、すっ――と細くなる。
あぁ、こういうときのお父さんは、すごく怖いお父さんだ。
どうしよう。こんなことになるなんて思ってなかったから、ちょっとだけ焦る。
「そうか、姫奈がお世話になっています。姫奈の父です」
でも、思ったよりもずっとにこやかな顔で藤島くんに挨拶してくれた。あんまりいい笑顔だから、それでよかったのにびっくりしてしまうくらい。そして、そのまま来た道を戻っていく。
「いや、何か変な人に捕まってるんじゃないか、とか心配になっちゃってさ。それじゃ、また後でね」
笑顔で手を振って歩いていくお父さん。
積もった白い雪に刻み付けられる、革靴の跡。
それを見つめる藤島くんの視線はどこか険しかったけど。
「ありがと」
「……うん」
小さく囁いた言葉に返ってきた返事は、優しかった。
藤島くんに手を引かれて雪の街を歩きながら、ほっと胸を撫で下ろす。あぁ、よかった。
よかった、わたしの心が普段通りのままで持って。
危なかった。
彼氏と歩いてるところをお父さんが見る。
ずっと夢に見ていたような光景を目の前にして、おかしくなりそうだったから。
「ん、すっごいにやけてるけど、どうかした?」
「ううん、これからどこ行くのかなって楽しみなんだ♪」
バレンタインデーは、まだ始まったばかり。
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