お芋のドーナツ召し上がれ

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「ちょっと勇気が要りましたよ、戸を叩くのに。最初から廃屋まがいの建物ですって聞いていなかったら絶対に通り過ぎてましたね」  身長は三枝と同じくらいだが、体重はずっと少なそうだ。がりがりに痩せているが、神経質そうなところは少しも感じられず、笑った顔はとてもひょうきんだ。  三枝は痩せ型の人は神経質そうだと思ってしまう自分の思い込みを反省する。 「車、すぐ前に停めたんだけど近くにコインパーキングとかありますか」 「わたしの駐車スペースに、一台分の余裕があります。すぐ裏ですが、一方通行があるので……回り方を書いてお渡しますよ」 「それは助かります」  紗川が駐車場への回り道を書いていると、「ああそうだ、車といえば――」と、客が眉を寄せた。 「さっき、ガソリンスタンドでずいぶん不愉快な思いをしましてね」 「どこのスタンドですか?」 「ほら、バイパスのところのフルサービスのガソリンスタンド」 「フルサービスの店は減っているから、小さいのにいつも混んでいますよ」 「そうなんですか? フルサービスの割には安いからいいなと思ったんですが、がめつい店ですね」 「何かあったのですか?」 「エンジンオイルが少ないから足したほうがいいっていうんですよ。つい先月車検を通ったばっかりなのに」  客が愚痴をこぼしている間に、紗川はペンを走らせている。  いつ見ても紗川が書く地図は分かりやすい。あれなら初めてでも迷うことはないだろう。 「点検と一緒に交換してるんだから、そんなことないんだけど。全く、人の不安を煽って売りつけてこようなんてね。騙されないよと言って出てきました」 「しかし、トラブルがあるかもしれません、ディーラーでもう一度見てもらうことをお勧めしますよ」 「中古で買ったから、ディーラーを使ったことがなくてねえ。あ、車検は専門店がいいですよ。安い割に――」 「それより、早く車を移動した方がいいのではありませんか?」  紗川は苦笑して仕上がった地図を客に渡す。客がガソリンスタンドへの文句に夢中になっている間に書き上げてしまったらしい。 「ここは取り締まりが厳しいですから」 「え、そりゃまずい」  客は、慌てた様子で事務所を出て行った。耳を澄ませると車のエンジン音がする。 「今の人が依頼人ですか?」
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