お芋のドーナツ召し上がれ

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「奥様に、ですか?」  俊夫は頷く。  自分がいない間にどういう会話があったのかは不明だが、それにしても、家に来てくれとは唐突ではないだろうか。 「一緒に説得して欲しいんです」 「写真の撮り方について、ですか?」 「もちろんそれもありますが、警察にも行った方がいいんです。私がいない間、何があるかわかりません。今日は店が休みだから大丈夫かもしれませんが、営業日は……」 「随分急ですね」 「申し訳ない。でも何かあってからでは遅い。できるだけ早く手を打ちたいんです」 「岸さんの不安なお気持ちは分かりました。しかし、わたしで良いのでしょうか。失礼ですが知り合って間もない。それほど信頼関係が築かれているとは思えません」  紗川はセミナーで知り合ったと言っていた。しかも昨日の話だ。  俊夫は三枝の方を見ることなく、紗川に頭を下げた。 「縁のない人だからよかったんです。先ほどお話したとおり、妻は輸入雑貨の小さな店を経営しています。近所には快く思わない主婦も多い。ましてや外聞の悪い話なので……近くの人には聞かせたくないことだったんです」 「なるほど。赤の他人だからこその気楽さ、と言うわけですね。岸さんのご自宅はさいたま市の見沼区でしたね」  三枝には俊夫の気持ちがわかるような気がした。  商売をやるうえで噂話ほど厄介なものはない。 (もしかしたら……岸さんは相談相手を求めて、セミナーに参加したのかもしれないな)  そこで紗川と出会えたのは僥倖と言えるだろう。 (安心しなよ、オジサン。うちの先生、寝起きは最悪だけと仕事は一流だからさ)  不安そうにしている俊夫に、三枝は心の中でエールを送った。 (あ、そっか。先生が「依頼人」じゃなくて「客」って言ったのは……まだ依頼人じゃないって意味だったんじゃ……)  俊夫が相談と言って話し始めたのは今だが、セミナーでそれをにおわせることを言っていたのではないだろうか。彼がおしゃべりなのはこの短時間でも分かった。本人は言ったつもりはなくても、口に出していた可能性がある。 「分かりました」  紗川が頷いた。 「ご自宅に伺います。詳しい内容は、奥様も交えて改めてお話しいただけますか?」
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