143人が本棚に入れています
本棚に追加
/104ページ
「奥様に、ですか?」
俊夫は頷く。
自分がいない間にどういう会話があったのかは不明だが、それにしても、家に来てくれとは唐突ではないだろうか。
「一緒に説得して欲しいんです」
「写真の撮り方について、ですか?」
「もちろんそれもありますが、警察にも行った方がいいんです。私がいない間、何があるかわかりません。今日は店が休みだから大丈夫かもしれませんが、営業日は……」
「随分急ですね」
「申し訳ない。でも何かあってからでは遅い。できるだけ早く手を打ちたいんです」
「岸さんの不安なお気持ちは分かりました。しかし、わたしで良いのでしょうか。失礼ですが知り合って間もない。それほど信頼関係が築かれているとは思えません」
紗川はセミナーで知り合ったと言っていた。しかも昨日の話だ。
俊夫は三枝の方を見ることなく、紗川に頭を下げた。
「縁のない人だからよかったんです。先ほどお話したとおり、妻は輸入雑貨の小さな店を経営しています。近所には快く思わない主婦も多い。ましてや外聞の悪い話なので……近くの人には聞かせたくないことだったんです」
「なるほど。赤の他人だからこその気楽さ、と言うわけですね。岸さんのご自宅はさいたま市の見沼区でしたね」
三枝には俊夫の気持ちがわかるような気がした。
商売をやるうえで噂話ほど厄介なものはない。
(もしかしたら……岸さんは相談相手を求めて、セミナーに参加したのかもしれないな)
そこで紗川と出会えたのは僥倖と言えるだろう。
(安心しなよ、オジサン。うちの先生、寝起きは最悪だけと仕事は一流だからさ)
不安そうにしている俊夫に、三枝は心の中でエールを送った。
(あ、そっか。先生が「依頼人」じゃなくて「客」って言ったのは……まだ依頼人じゃないって意味だったんじゃ……)
俊夫が相談と言って話し始めたのは今だが、セミナーでそれをにおわせることを言っていたのではないだろうか。彼がおしゃべりなのはこの短時間でも分かった。本人は言ったつもりはなくても、口に出していた可能性がある。
「分かりました」
紗川が頷いた。
「ご自宅に伺います。詳しい内容は、奥様も交えて改めてお話しいただけますか?」
最初のコメントを投稿しよう!