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誰かが唾を飲んだ。
探偵は立ち上がると中央からゆっくりと歩いた。
給仕らの前を通り過ぎ、ブライダルプランナーたちの前を通り過ぎる。
警備員、メイクアップアーティスト、料理人。
そして、ある人物の前で立ち止まった。
「密室は作られたのではありません」
この事件に冠された、「密室」の名を探偵はあっさりと破棄した。
誰かが、驚きの声を上げた。
だが探偵はつまらなそうに続ける。
「密室など、初めからありはしません。しかし結婚式会場が密室であったかのように見せ、そう思うように人々を誘導することは可能です」
探偵はそこで言葉を切り、ブライダルフラワーアーティストを見据えた。
「貴女だけが、それを現実にすることができる」
探偵の長く形のいい指先が、犯人の頬に触れた。
「わた、し……?」
花嫁の友人であり、この結婚式場の職員でもある女は肩を震わせた。
探偵の言葉に、人々は初めて気づいた。
彼女が密室だったと言ったのだ。
この部屋には誰も出入りはできないはずだと。
彼女が言うまでは、誰も会場が密室だったとは思ってもみなかった。
そういえばあの時――そんなささやき声が聞こえる。
「まって、わたしは――」
言い訳をしようとしたのだろう。
同僚たちに向き合おうとしていたが、それは紗川の次の行動で遮られた。
探偵は優しく彼女を見つめ、微笑んだ。
こんな場面でもなければ、彼女は顔を赤らめ熱に浮かされていただろう。
女性の身長に合わせて頭の位置を下げたせいで、艶やかな黒髪がサラサラと背中から胸元に流れ落ちる。
シャンデリアの明かりの下で、探偵は残酷に告げた。
まるで愛の告白をするかのように。
「……貴女が、花嫁を殺した」
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