第一章 消えない記憶

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玄関先から「巽っ」と声が聞こえたのはすぐであった。 巽は地面に置いていたスポーツバックを持つと待たせているのだろう秀一の元へと急ぐ。 「お前の荷物はこの間姉さんが送ってくれたから部屋に運んでる」 今日から始まる期限の決まっていない居候生活に母が洋服や必要な日用品を予め送ってくれていたようである。 前もって送れないものを手荷物であるスポーツバックにいれてきたのだ。 「二階の左の部屋に一応荷物は入れてるけど別にどっちでも構わない。俺の寝床は下だから上は好きに使え」 秀一の話を聞きながらキョロキョロと見回した。 家の中も間取りや様式は特に変わっていない。 座敷もあれば、きちんと洋風のリビングダイニングキッチンもある。 ただ男の一人住まいだからなのか、全体的な殺風景さが目立つ。 そんな風にこの家の印象を勝手に採点していれば目の前のテーブルに秀一がチャリンと鍵を一本置いた。 「この家の鍵だ。俺は今から仕事に戻るから俺の部屋以外ならどこでも自由に探検してろ」 「えっ?ああ、また戻るんだ?」 どうやら巽を送るためだけに仕事を抜け出してきていたようで少しばかり申し訳なく思った。 「勿論だ。働かねえと食えねえからな」 軽く笑いながらそう言うと更に思い出したように。 「おい、俺が出たらすぐ戸締まりしとけよ。それから誰か訪ねてきても取り敢えず出なくていいからな。それから・・・」 と何だか過保護な事を言われた。 「ちょっ、大丈夫だし・・・おじさん心配しすぎ」 へらりと笑う巽に振り返った秀一が笑う。 「当たり前だ、可愛い甥っ子だからな・・・」 冗談のような言葉に、くしゃりと満面の笑みを浮かべたその姿に巽の瞳が見開く。 「っ・・・」 瞬間、巽の脳裏に秀一の言葉が甦った。 『・・・ここを離れて俺のところに来るか?』 真っ白な病室で呆けていた己に言ってくれたことを思い出す。 そのまま玄関へとたどり着いた秀一が靴を履いて外へ出ようと、扉に手をかける。 巽は大きな声で叫んだ。 「おっ、おじさん!俺を・・・俺を呼んでくれてありがとう!」 遅くなってしまった礼を伝えれば、ピクリと立ち止まった秀一が一瞬こちらを振り返り薄く笑うと今度こそ玄関を後にした。
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