第一章 消えない記憶

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「おじさん、また車変えたの? 」 体勢も儘ならないままに出発した自動車の中で巽は気になっていたことを聞いた。 先程まで乗っていた電車の揺れよりも直に体に伝わってくる揺れを感じながら助手席でモゾモゾと動く。 巽の質問にこちらを見た秀一は大きなスポーツバックから抜け出そうとする巽の姿を見つけるとその姿に質問の答えよりも先に口許に笑みを浮かべながら伝えた。 「荷物は後ろに置くといい」 少しばかりクスリと笑う音が聞こえた気がする。 どうやら助手席でスポーツバックと格闘していた姿が面白かったようだ。 小さな恥じらいを感じ、少し照れるとその恥ずかしさを隠すように「笑うことないじゃん・・・」と頬を膨らませてみせる。 そんな巽の姿に「はは、悪い悪い」と笑う秀一。 そんな秀一をジト目で見つめると、背負っていたスポーツバッグを後ろの座席へと置こうとくるりと振り向く。 そこに座席はなく、まっ平らな板が広がっているだけで特になにもない。 ガランとしたスペースに巽は荷物を置きながら口を開いた。 「これってもしかしておじさんの車じゃなくて、仕事用?」 「これはおじさんの車で間違いない。ついでに仕事でも使っているっちゃ使っているもんだがな」 間をおかずに答えられた言葉に「ふーん」と頷きながら座席の後ろにあるまっ平らな場所へと足を上げ身を乗り出した。 しかしすぐさま背後から伸びた手に首もとの後ろ襟を引っ張られ、巽の体は容易に助手席へと収まる。 「あぶねえだろ・・・じっとしときな」 片手でハンドルを握ったまま掴まれた巽の後ろ襟。 「だって車が変わってるからさ・・・ちょっと気になったんだよ」 当初の質問はいつのまにか答えてもらえていなかった為に自然気になってしまったのだ。 己の記憶が確かならば六年前のものとは車種が違うような気がする。 秀一自身とは年に一、二度は伊藤家にて会うことはあったものの、巽自身が秀一の暮らす街へとやって来たのは六年ぶりなのだ。 六年前はもっと高そうな車だった事を思い出す。 「あっ、前来たときはもっと高そうな車だったよね」
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