第一章 消えない記憶

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巽の言葉に秀一は少しだけ間をおき答えた。 「・・・ああ、この車は六年前お前が帰ってから買ったもんだよ」 視線をこちらに向けてくれば艶やかな黒髪の隙間から切れ長の瞳が巽を捉える。 「・・・・・」 カチリと合った視線に巽の動きが止まる。 ふわりと薄く笑った顔は無理矢理作ったように見えた。 その言葉と視線に巽の中で『しまった』と後悔の念が生まれる。 自分が六年前この街に訪れた理由を思い出したのだ。 しかしそんな動揺を悟られまいと巽は言葉を続ける。 「ふーん、そうなんだ。おっきな車だよね・・・」 「・・・ああ、バイクを積んでいくのに丁度いんだよ」 「バイクってことは趣味じゃん。仕事じゃないんだ?」 「俺の車だ。だから何に使ってもいいんだよ」 少しばかり和らいだような空気の中で巽は外を見ながら。 秀一は正面を見つめたまま目的地である秀一の家までの間、言葉の応酬を繰り返した。 窓の外の景色を見ていればいつのまにか川沿いを走り、辺りを薄紅色の桜が舞っている。 口先で会話をしながらも巽の頭の奥では六年前にこの街を訪れた理由が思い出され巽の脳裏を埋め尽くしていた。 六年前。 この叔父である真木秀一は妻とお腹の中の赤ん坊を事故により同時に失ったのだ。
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