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「あ、七瀬さん」
昨日母親に買ってもらったばかりの、水色のパーカーをはおった七瀬優衣に、担任の教師が声をかける。
「このお手紙、また三浦くんのおうちに届けてくれる?」
そう言って、教職二年目の若い女性教師が、学校からのプリントを優衣に見せた。
優衣は少し顔をしかめて、後ろを振り向く。思ったとおり、黒いランドセルを背負ったクラスの男子たちが、優衣のことをニヤニヤ笑いながら見ている。
「お願いね、七瀬さん」
一枚のプリントが優衣の手に渡された。じっと手元を見つめる優衣を残し、担任教師は忙しそうに教室を出て行く。
「七瀬ー、お前また、あのお化け屋敷に行くのかよー」
「お化け屋敷ー、お化け屋敷ー」
優衣は何も言わずにランドセルを背負った。ワインレッドのランドセルの中で、筆箱の音がカタンと鳴る。
――べつにあたしだって、行きたくて行くんじゃないもん。
教室を飛び出した優衣の耳に、男子たちの冷やかし声が聞こえてくる。
靴を履き替え校舎の外へ出た。六月の少しべたつく風が、肩にかかる髪を揺らす。
優衣は手のひらで、プリントをぐしゃっと握りしめると、前を向いて思いっきり走りだした。
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