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異世界組のふたりが元の世界に帰って数日。
お客さんは毎日絶えず来るのにあのふたりが来なくなったからなのか少しばかり気持ちが寂しく感じるようになった。店の雰囲気も心なしか落ち着いたような気がする。
ふたりに限らず、こういったことはしばしばある。いつの間にか見かけなくなることや人生の流れでこの地を離れる者。それぞれ事情を抱える中でこの店に長く訪れてくれる人がいることはありがたいことである一方で実はほんの一瞬の出来事でしかないのかもしれない。
いちいち気にしてはキリがないのはわかっているけどやっぱり胸に募るものはあるし、自分の人生の通過点として受け入れるためのものだと思うしかない。
ヴァイゼだってあと少し経てば自分の世界に帰る。
――ただ、元に戻るだけ。
言葉にするとひどく簡単なように思う。
けど、実際はそうじゃない。過ごした日々や感情は心から消えないものだ。
ぼんやりと考えながら僕は野菜の下処理をしているヴァイゼをちらりと見る。
最初は店内を整えたり料理を運んだりするホールスタッフといえる仕事がメインだったヴァイゼだけど、いまでは調理場で包丁を持つまでになった。初めのころは調理場の仕事まで手伝わせるつもりはなかった。けれど、ヴァイゼが僕の作業する手を食い入るように見ていたのに気づいて試しに教えてみたら驚くくらいメキメキと上達した。あちらでは魔法に頼り切りの生活をしているらしいけど、もともと手先が器用だったことがうまく作用したようだ。
ただ、彼にとってあちらに戻ったあとも役立つスキルなのかどうかはわからない。
今日も、そして明日も。いつものように店を開けてヴァイゼとふたり、お客さんを迎えて。
穏やかなまま残りの日々が過ぎ去っていけばいい。
そう思っていたのに人生とはままならない。
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