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三度目に運ばれた時、俺は駅員室のソファーに寝たまま半ば自棄になって、湊都に「こんにちは」と声を掛けてみた。湊都は不審そうな顔を向けて、首を少しだけ傾けた。その時、見えた顎のラインが真っ直ぐで美しかった。湊都は重々しく呟いた。貧血や他の病気かもしれないからあなたは病院へ行った方がいい――。俺のことを心から心配しているように見えた。四月は倒れる乗客が多いが、梅雨の時季になっても倒れ続ける客はいない。あなたはどこかおかしいのだと言った。
確かにおかしい。
満員電車に乗ることでそれがはっきりと分かった。それまで隠れていた自分の欠陥が人に押し潰されてぐにゅりと外へ出た。自分は皆と同じように通勤電車に乗って会社へ行くこともできない。そこそこのクズだ。それでも毎日、電車に乗った。湊都に会えるのが嬉しかったからかもしれない。
言っておかなければいけないことがある。俺はゲイではない。湊都に会うまで、男に興奮したことは一度もなかった。今もそうだろう。男に性的な興味はない。ただ、湊都だけは違った。理由は分からない。湊都だけは心のフィルターを通り抜けるように、俺の心にすっと入ってきた。犬のような顔で、子どものような純粋さで。けれど、ほとんど表情が変わらないおかしな男だった。思慮深い項と、品のある喉仏を持つ、どこまでも魅力的でつかみどころのない男。自分の人生の中で湊都だけが俺の心を揺り動かした。
それはきっと彼が真っ直ぐで正しい存在だったからだ。
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